☆☆☆ メリメリ・ファイ ・・・過ちを犯して初めて知る、知らなかった別の顔・側面への驚き。


 *** 第二話

 父が何日かぶりに帰ってきた。
 父は別人のように痩せていて、母よりも病人めいて見えた。
 母の寝台に近づくと、母は何か、一言二言喋った。
 父がただ手を握り締めて、頷くのだけわかった。
 近づけなかった。
 父と母の二人しか存在しないような世界に。
 僕はただミリアを抱く手に力を込めた。
 父は突然、崩れ落ちるように母の胸元に顔を埋めると、押し殺したように泣き出した。
 父の、初めて見る涙だった。


 そして、母の、あっけない死でもあった---------


 父の薬は間に合わなかったのだった・・・。
 それから世界は第二の一変を演じた。


 父は母の寝室に篭もり、また時にはどこかへ出かけて行って、何日も帰らない日々が続いた。
 僕と父の間に、会話などなかった。
 既に父の目には、自分もミリアも・・・いや母以外の何をも写していないかのようだった。
 悲しいと思う間のない生活。
 姉の祈り乙女の報酬以外の収入がなく、それだけではとても暮らしていけない。
 父は時折、すまなそうに見える、ボロボロの布袋をテーブルの上に置いていくことがあった。それは、多分、父のなけなしの給金なのだろう。
 僕は、それで自分とミリアと生活させた。何が何でも生きていかなくてはならない気分だった。
 母の死を見たからか------― それは誰にもわからなかった。
 何もかもがむちゃくちゃな冬が過ぎた。
 そして、姉と母のいない、爽やかな春が来た。
 父は給金だけはちゃんと用意してくれるので、食料には困らなかった。ただ、そんな父との関係は、既に家族ではなくなっていた。少しだけ、心が寒くなった。
 ミリアはすくすくと育ち、カタコトながらも言葉を喋るようになった。それだけが心の支えだった。
 季節が移り変わり、夏も中頃にくると、「父」であることを止めていた父が、再び親として戻ってきた。
 今までのことを「すまなかった」と詫び、ラビッシュに、また学校へ行けるよう手配してくれた。
 久しぶりに会う友人のことを考えるだけで、何日か過ぎた。
 父は真面目に戻り、ミリアも父に懐いた。
 ラビッシュは学校へ行くかたわら、ちょっとした手伝いをしてお金を稼いだ。
 働くと毎日が早く感じられた。充実感も得られ、ラビッシュは積極的に働いた。
 父は、そのおかげで前より仕事が楽になり、昔の父にまた一歩近づいた。
 母がいないという事実は消せないにしても、失っていた幸せは少しずつこの手に戻ってきた。
 家族はまた家族として、新たな出発を迎えたのであった。


 いつもと変わりない学校。
 勉学に励む少年たちで溢れて活気がある。
 ラビッシュはそこで、ひとつの噂を聞いた。
 この国の王子の結婚話。
 第一王子は、どこぞの国の姫君を娶って王位を継ぐらしいが、比較的自由に振舞える第二王子の方は・・・という内容である。

「第二王子の方は、どうやら自由らしいぞ。しかも、好きな相手と結婚できるらしいし・・・王子ってのはいいよなぁ」
「そうそう、知ってるか? 最近じゃ、正妻に由緒ある姫君を貰って、妾には下町から踊り子、娼婦、はたまた巫女さえも・・・。まったくもって自由自在らしい。血統ある跡取がいたら、他はどうでもいいような、そんなんらしいぜ」
「えっ、巫女もか? だって、ほら、あれだろ・・・?
 巫女っていうのは一生未婚でいることが条件じゃなかったか?」
「だから、巫女じゃなくなるんだよ。その代わりに、王子の第何夫人。それだったら逆らう巫女も居ないんじゃないかってこと」
「そうか・・・。王家に、まあ、嫁ぐと言えば嫁ぐことになるからな・・・」
「そうそう。まったくもって理不尽だよなぁ〜。王子ってだけで恋人を奪われるかもしれないなんて」
「えっ、何それ、どういうことだよ?」
「だからー、もし王子の目に止まれば、何人でも女の子は妻にされちゃうかもしれないってコト」
「うわ、それ最悪」
「だろー!? もう、最悪過ぎるよなー!?
 この間だって、あ、これは第一王子の話だけどさー、酒屋に可愛い踊り子が居たんだよ、リンロイちゃん。
 いつの間にか居なくなっててさ、聞いたら嫁いだらしいんだけど、行き先教えてくれないんだよなー。口止めされてるってことだけは教えてくれたけどさ。話聞いてると第一王子らしいんだよ。リンロイちゃん、妾になったみたいでさ。まだ若かっただけに、可哀想で可哀想で・・・」
「え、おい。そのリンロイちゃんって子さ、嫌だったら断ればよかったんじゃないか?」
「お前、馬鹿だなぁ。王家に嫁ぐんだぞ? 莫大な財産の一部を貰えるんだぞ? 酒屋なんかで踊ってるより、よっぽどいい収入じゃないか。俺が女だったら、恋人居ても行くぞ? きっと」
「・・・そうか。そうだよな。やっぱ金か・・・」
「当たり前じゃんか。家族にも幸あるんだぞ? 家族はもちろん奮って賛成。ありそうだよな、そんなんで悲劇」
「そうだな・・・。きっと嫌だと思った娘も居たんだろうなぁ・・・」
「嫌がっても、結局は親の泣き落しとかで行くこと決定してそうだけどな」
「・・・だよな。やっぱり・・・」
 遠方に住んでいるらしいこの二人と知り合いになったのは、学校でだ。
 ラビッシュはさっそく話に加わった。
「何の話?」
「おう、ラビッシュじゃないか。久しぶりだな。お前最近学校来てなかったじゃないか?」
「ああ、ちょっといろいろあって・・・」
「はぁ〜っ。馬鹿だな、ロイは。ラビッシュはな、おばさんが亡くなって、その所為でいろいろ忙しかったんだよ!」
「いいよ、レニュー」
「あ、そうだったんだ? ・・・えっと、悪い、よく知らなくて・・・。まあ、そうだよな、お前学校よく来てたから・・・なんか来れない理由があって当たり前だよな・・・」
「落ち込まなくていいって、ロイ。もう立ち直ったし、大丈夫だから」
「・・・そうか? でも、悪かったな。考え、足りなくて」
「いいって・・・。もう、何とか言ってよ、レニュー」
「あーもーロイは。ラビッシュがいいって言ってるんだから、ロイが落ち込む必要はないんだよ。
 いつもと違ってしおらしくても鬱陶しいだけだってば」
「この、貴様、レニュー! なんてことをっ」
「さすが、レニュー。一言だ。
 ・・・で、いったい何の話をしていたんだ? ずいぶん楽しそうだったけど」
「別に楽しい話題じゃないよ。ただね・・・ほら、最近けっこう噂になってるじゃない? 王子たちの妾のこととか」
「ああ、アレ?」
「そうそう。今はさ、美女が王子に目を付けられたら最後、妾にさせられる・・・らしいよ?」
「え?」
「違う違う、させられる、というよりなるしかなくなる、だって!」
「そうそれ、妾になったら保証金? みたいなのが存分に出るらしくて、断る女性が居ないんだってさ」
「そうだなぁ・・・ここ最近で嫁いだらしいのは、酒屋のリンロイちゃん、娼婦のレコちゃんにマリンシアちゃん、下町の方も、何人か妾になった娘がいるらしいぜ・・・?」
「へぇ・・・って、おい! 何で娼婦とか知ってるんだよ!? お前、何して遊んでるんだ? 最近はっ!?」
「ええっ? ・・・いやぁ〜ん、止めて、レニューちゃ〜んっ! アタシはただ、知り合いやお友達の話からぁ・・・」
「嘘付け、このっ!! クナちゃんに変な迷惑かけてないだろうなぁっ!?」
「変な迷惑ってぇ・・・?」
「ふざけるな、このぉっ!! おかしな道に誘い込んだりしてないかってことだよ!!」
「オカシナ道ってぇぇ・・・?」
「もぉぉっ!! この馬鹿ロイがっ!!」
「きゃぁぁぁんっ!! レニューちゃんが嫉妬狂いするぅ、助けてラビッシュちゃんっ!!」
「助けるな、ラビッシュ!!」
「落ち着いて二人とも」
「いやん、怖いぃ〜〜〜〜」
「うっわ、抱きつかないでロイっ!!」
「この馬鹿ロイ!! ラビッシュを巻き込むなっ!!」
 ドカ、とレニューの拳がめり込む音がして、ロイの身体から力が抜けた。
「ごめん、ラビッシュ。ロイって久しぶりにラビッシュに会えて嬉しいんだよ、きっと」
「いや、別にいいけど・・・」
「って、待て待て。こら、レニュー。何恥ずかしいこと言ってんだよ! ラビッシュも受け入れるなっ!!」
「あれ? ・・・違った?」
「バレバレなんだよ」
「って、冷てぇな、二人ともっ!?」
「えっと・・・それでさっきの話だけどさ・・・」
「ああ、うん。王子の妾の話ね」
「あ、そうそう。それでね、さっき途中だったんだけど、ロイがね、自分の好みの美女を何人か王子の妾に取られて悔しがってる・・・っていう話だったよね?」
「えっと・・・そうなの?」
「そうだったんだよ〜」
「へえ・・・それで?」
「うん、それでね」
「って、ちょっと待て、レニュー君? ラビッシュに会って浮かれるのも分かるが、浮かれ過ぎじゃねぇ?
 何で、俺の振られ話もどきなんかしてんの? しかも無理やり?」
「・・・浮かれてるんじゃなくて、わざとだけど」
「まあまあ、照れるな。気持ちはわかる。
 で、だ。話の続きなんだけどよ。俺の好みの美女ちゃんたちが、王子に目ぇ付けられて消えていってるんだ。
 そこで、だ。俺は次の王子の相手を賭けて、いっちょ賭けでもしようと思ってる」
「あのね、こいつ好きな娘が、居なくなるばかりで寂しいんだよ。だから、賭けとか言って紛らわそうとしてるの」
「こら、そこ!? 何勝手なこと吹き込んでるんだよ? 大人しくしてろっての」
「あ、照れた」
「うん、顔赤いね」
「だから、黙ってろっての! ったく! これから無駄口禁止ー。喋ったら罰金取るぞー」
「ひとりでしてろ」
「はい、レニュー君。罰金1」
「で、ロイ。賭けがどうしたって?」
「おう。俺はな、これ以上、都から華が消えるのに耐えらんねぇんだ。だから、俺は!
 いちかばちか、当たって砕けるっていうのもいいかなぁ・・・と」
「結局何が言いたいんだ?」
「俺はな・・・そう、独自の調査で『狙われる美女』を絞り込んだんだ。何人かにな・・・」
「そう。ゴクローサマ」
「うわ、冷てっ」
「教えて、誰とか?」
「さすがラビッシュ、いい奴だぜ」
「いつも思うけど付き合いいいよね、ラビッシュって」
「そう?」
「だから、お前は煩いってばよ!!」
「はいはい。で、誰なの?」
「・・・お前、嫌な奴だな・・・」
「ええっ!? ロイにだけは言われたくなかったのにー」
「皆から言われるだろうよ、きっと・・・。
 でだな! 俺の予想では狙われる美女は少なくとも五人!! 全員掛け値なしの美女だ!!」
「へぇ〜・・・。で、誰?」



≪第1話へ     ☆第3話へ ≫